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地域の変化~戦後の航空写真から

国土地理院のHPからは、いろいろな時代の地域の地図や航空写真が手に入ります。(http://mapps.gsi.go.jp)

航空写真は戦前からあるのですが、やはり古いものは解像度がよくないですね。戦後に米軍が撮ったものが、比較的解像度が良いでしょうか。

スライド1

上の写真は戦後直後に米軍が撮影した昭和22年の写真です。左上が早稲田小学校の校舎です。早稲田小学校も、空襲で焼けました。ただ建物がコンクリートで堅牢だったので、その骨格を残して現在の校舎になっています。2年経ってもまだ一面空き地ですね・・・。でも、柳町の交差点の周りは家が結構残っています。

土地の地形もはっきりわかります。台地の辺縁の崖がはっきり見えます。現在の弁天町アパートのあたり(赤い四角のあたり)は神田川に向かって細長い低平地を成していて、川が流れていた様子(青い線)がよくわかります。大エノキは、お年寄りの記憶では、戦前から育っていたそうなのですが、ちょっとよくわからないですね。黄色い矢印の先のあたりにあるはずなんですが。拡大してみてみると、ちょっともじゃっとした感じなので、何か木は生えてはいそうなのですが、やはり画質に限界が・・・。

ふたつ目の写真は昭和38年です。すっかり、都会の密集した家並みです。川は暗渠になっています。この時期になると、エノキの姿もはっきり見えます。今よりは小さいですね。それから、地域には、大木が結構残っていたことがわかります。
スライド2


これが、3枚目、現在(2009年写真)になると、ほかの大木は全て切り倒され、大エノキだけが一本かろうじて残っていることがわかりますね。大エノキの貴重さ、大切さを改めて感じます。

スライド3

(KY)
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落ち葉かき!

エノキの木の一年の中で、秋のこの時期は、落葉の時期です。あれだけおっきな木なので、落ち葉の量も半端ではありません!!エノキを愛する地域住民にとっても、忙しい日々となります。

エノキ遠景(2015-11-23)圧縮
 ずいぶんと葉が落ちてすっきりしてきました!


落ち葉がたくさん落ちる日には、45リットルのごみ袋を何袋も使います。やっと掃き終わった!と思った矢先に一陣の風が吹き、またザーッと雨のように落ち葉が落ちてくることがあります。あ~あ、と思って、また掃き直しです。掃いても掃いても・・・というときもあり、そんな時はあきらめるしかありません。雨のときはたくさん葉が落ち、またべたっと道路に貼りついてとても掃きづらいです。そんなときは、先がちびた使い古しの箒でがしがしと剥がはがしながら集めるか、乾くまでしばらく置いておきます。

エノキと集まった落ち葉(2015-11-23)圧縮
集められた落ち葉たち

去年までは、このエノキと共に暮らしていた方が、毎朝6時過ぎ頃から落ち葉をかき、多い日には夕方にももう一掃き、とされているのを周りの人たちが手伝う感じでしたが、今年からは、地域の人たちでやっていくことになりました。

落ち葉かき2人―1横(2015-11-23)圧縮


都営アパートの前には、以前はケヤキ並木があり、その並木と大エノキの落ち葉かきに、地域の人たちによる落ち葉かきがされていたそうです。その頃から今に至るまで毎日落ち葉かきをしてくださるのはWさんです! そのほか、弁天町アパートに住む人、向かいのマンションの管理人さんや居住者の方、その他近隣の人たちが、それぞれのペースで、落ち葉かきに関わっています。すぐ向かいのマンションにはおびただしい量の落ち葉が落ちますが、「木が切られてしまうよりは」と管理人さんががんばって落ち葉かきをしてくれています。管理人さんのお休みのときには、代理の方が掃いてくれることも!

落ち葉をかいていると「お疲れさま」、「ありがとう」と声をかけてくださる方もいます♪小学校の女の子たちに、「いつもありがとうございます!」と丁寧にお礼を言われたこともあります。皆さん、何気にエノキの木が気になっているのですね。

落ち葉かき、大変そうに見えますが、けっこう気持ちが良い動作でもあります。全身を使い、腰をひねりながらやるので、ウエストがシェイプアップされ、腕も締まります。ただ、けっこう力もいるので素手でやるとマメができます。ゴム貼りの軍手をはめてやるのがお勧めです(落ち葉を手で集めるときに軍手にくっつきません)

落ち葉かきは12月初旬くらいまで続きます。 みなさんもご自由にご参加ください♪参加費無料です(^-^)/ (KY)

根来百人組

大エノキがあるあたりは、江戸時代は、鉄砲衆の根来百人組同心組屋敷がありました。秀吉によって討伐された紀伊の根来寺の僧兵・根来衆に由来する人たちで、根来寺が秀吉によって討伐された後、家康が登用し、鉄砲百人組の一つとして組織したそうです。プライドの高い集団で、頭は総髪(髷を結わない)で、名前の他に坊(〇〇坊とか〇〇院)を名乗っていました。30俵3人扶持のあまり位の高くない武士でしたが、家康からは旗本なみに裃で勤務することを許されたそうです。(ただ薄給だったので提灯張りの内職をしていたとのこと・・・)

根来百人組の他に、、二十五騎組、伊賀組、根来組、甲賀組(計四組)がありました。鉄砲同心が各組に百人ずつ配属されたので百人組なのですね。江戸城の大手三の門の警備(百人番所)を受け持ち、4組の鉄砲百人組が昼夜交替で詰めていました。また、将軍が寛永寺や増上寺に参拝する際は、山門前を警備しました。

百人組は通常の鉄砲組とは異なり高い火力を有した独立部隊であり、徳川家康は、江戸城が万一落ちた場合、内藤新宿から甲州街道を通り、八王子を経て甲斐の甲府城に逃れるという構想を立てていたそうです。頼りにされていたようですね!

この鉄砲百人組の組屋敷は、伊賀組は大久保、甲賀組は青山、根来組は市谷、二十五騎組は内藤新宿にありました。根来組はその後、市ヶ谷の屋敷(現防衛省の敷地内)が尾張藩の上屋敷となったために、1656年に弁天町のエノキのあるあたりに移ってきたのです。

ちなみに、根来衆がもともといた根来寺は、室町時代末期の最盛期には僧衆(僧兵)1万余の一大軍事集団を擁したということです。根来寺僧が種子島から伝来したばかりの火縄銃一挺を持ち帰り、僧衆による鉄砲隊が作られていたそうです。・・・最先端の戦闘集団ですね・・・。
    
                         (『わたしたちの街』、Wikipediaから)

原町の方にも同じく根来百人組の屋敷跡があるのですが、そこは、細い入り組んだ路地でつくられており、道をよく知らないで入ってきてしまった車が行くことも戻ることもできず困っているのをときどき見かけます。信玄の甲府の街づくりのように、戦闘時に身を潜めることができるようにそのような作りになっているんだ、と以前聞いたことがあります。

ごく普通の街並みに感じても、歴史によって形作られているのですね~。

漱石山房

大エノキの周りには、いろいろな文化的な施設ができあがりつつあります。その一つが漱石山房。新宿区が整備を進めています。

新宿区のHPによると・・・

「新宿区は文豪・夏目漱石(1867年~1916年)が生まれ育ち、その生涯を閉じたまち。漱石が晩年の9年間を過ごした早稲田南町の家は「漱石山房」と呼ばれ、ここで『三四郎』『こゝろ』『道草』など数々の代表作が生まれた。かつて「漱石山房」があったこの地は、多くの漱石愛好者にとって、漱石の暮らしや創作の息づかいを感じることのできる象徴的な場所である。

区では現在、漱石生誕150周年にあたる平成29年(2017年)2月の開館を目指し、この地に漱石初の本格的な記念館の整備を進めている」そうです。
                               (https://www.city.shinjuku.lg.jp/whatsnew/pub/2013/0627-01.html)

素敵な施設ができあがりそうです。今はまだ、小さな展示室しかありませんが。。。

スライド1

スライド2

※写真は大江戸線広報HPからお借りしました。そのうち自分でも撮りに行きます! (http://oedo.houkou-onchi.com/kagura/kagura4.htm)

漱石山房からエノキまで、素敵な散歩道になっていけば良いな~♪

 (KY)

区議会に第一次提出をしてきました

今日、これまで集まった署名とともに大エノキ(ムクエノキ)の保存を求める陳情書を区議会事務局に提出してきました。今日は376人分提出したのですが、他の仲間で今日提出できなかった人が後から追加の予定なので、おそらく430人分くらいになるのではないかと思います♪パチパチ!合わせて、議員さんたちにも説明をしてきました。

議会に提出するには署名の数がまだちょっと早いのですが、もういつ伐られるかわからないような状況なので、とりあえず大エノキの存在、それからいつ伐採されるかもしれない状況にあることを知っていただこう、と提出を決めました。

署名してくださった皆様、ありがとうございました♪♪

署名はまだまだ続きます。遠方の方でも外国の方でも全く問題ありません。ぜひ署名にご協力ください♪

草間彌生美術館

わが弁天町には、実はビッグなアーティストが住んでいます。あの水玉アートの草間彌生さんです!!

アトリエはもともとあったのですが、最近、外苑東通り沿いに美術館を建設しています。右側の白い建物です。もう建物はできあがっているようなのですが、なかなか美術館として開かれる気配が見られず・・・。

これが完成すると、世界各地から美術愛好家がここを訪れることになるのでしょう(!)それに恥じない、素敵な街並みになってほしいです。もちろん、ムクエノキの巨樹も元気な、緑ある美しい街並みに。あの大エノキの下に、草間さんのオブジェなどが置かれるようになったら本当に素晴らしいですね!

その草間彌生美術館と我々のムクエノキを一緒に写してみました。ちょっとわかりづらいですが、写真中央にちょっと頭の部分だけ小さく出ているのがムクエノキです。(左側の街路樹ではありません)

草間弥生美術館とムクノキ

(by norih)

杉並の”トトロの樹”

杉並区にトトロの樹、と呼ばれ、地元の人たちに愛されてきた樹があるそうです。その樹も、私たちのムクエノキのように、開発・伐採の危機に遭ったところを、8700人の署名が集まって、区に買い取ってもらえ、公園となったそうです。すばらしいです♪♪

http://nishiogi-totoro-tree.seesaa.net/article/98098968.html
(「がんばれ西荻の大ケヤキ」)
http://gut.co.jp/totoro/about.php
(「トトロの樹」HP)

杉並トトロの木
うん、いい樹ですね!!樹齢200年のケヤキだそうです♪(トトロの樹のHPから)

それにしても、8700人はすごい!以前からマスメディアで取り上げられることがあったそうなので、社会的にも注目されていたのかな。トトロの樹の真ん前にあるカフェで署名を集約していたようなので、署名が集めやすかったのかもしれませんね。

その杉並のトトロの樹を知る人がムクエノキを見て、こっちの方が大きい、と言って帰ったそうです・・・。

やっぱり、私たちのムクエノキ、何とか守らないと!!(KY)

あずきババアのこと

ここに以前あった小川について、おもしろい(ちょっと怖い)伝説がありました。この地に小さい時から住むWさんがおばあさんから聞いたお話だそうです。今知っている人たちは、本当に少ないことでしょう。


アズキを川で洗う老婆

むかし、そこにきれいな川があった。その川には一本のそまつな橋がかかっていた。その橋のたもとに夜な夜な恐ろしい形相の老婆が出てきて、アズキをシャキン・シャキンとといでいた。町の人々は「またアズキばばあが出た」といってこわがり、そこには誰も近寄らなかった。

                                   (『わたしたちの街』より)


江戸時代から明治の末くらいまで言われていたそうです。

あずきババア・・・。ウィキペディアで見ると、日本の各地に類似の”ヒト”が出没しているみたいですね。小豆とぎ、小豆アゲ、小豆ゴシャゴシャ、小豆そぎ、小豆ヤロ、小豆こし、小豆さらさら、とかいろいろ呼ばれているみたいですが、男の人が多いのかな??水木しげるさんの”小豆とぎ”は有名ですよね。

小豆洗い

なんだか働き者でユーモラスな感じのする妖怪です。(KY)

署名で寄せられたコメントから(3)

お手紙を寄せてくださった方もいらっしゃいました。

「散策の都度、眺めるのを楽しみにしている樹木です。牛込地区の榎町の名の由来となっていることは知りませんでした。伸びやかに茂った姿は珍しく貴重な樹木です。

 保存するのは当然のこと、この樹を中心とした緑地としたら、なお一層楽しめることとなります。近くの夏目漱石公園が拡充しております。この地区の緑を増やして、散策を楽しめる市街を保ちたいと思います。

 外苑東通り沿いには、江戸時代の世界的にも高く評価される関孝和の墓、牛込の地名の牛込代の発祥の地の石碑のある総参寺のある地区で、このエノキの樹木は貴重なものと思いますので、保存するのに大賛成いたします。

 相続で乱開発されて、昔の面影が失われていきます。一度切り倒してしまえば、全く見ることはできなくなります。坂の上から眺めるエノキの姿が好きです。」


本当ですね!!ぜひ、守っていきたいです。

皆様、ありがとうございました。これからも署名は続きます。ご協力よろしくお願いいたします。

署名で寄せられたコメントから(2)

署名に寄せられたコメント、続きです。


「個人的に思い出があり、とても大切な木です。地域のシンボルだと思うので、ぜひ大切に残していきたいです」

「このたびは署名活動ありがとうございます。漱石山房はじめ文化を発信するこの地区で、巨樹を守り残すことは歴史を伝え残すこと。とても大切だと感じています。マンションは建っても仕方ないと思いますが、”巨樹のあるマンション”として共生できることを願っています」
プロフィール

むくのき・えのき

Author:むくのき・えのき
都心 新宿区の街なかに残されたエノキ(ムクエノキ)の巨樹を何とか残したいと地域住民で立ち上げた会、「巨樹の弁天町エノキを愛する会」の活動ブログです。署名をお考えの方は、http://www5e.biglobe.ne.jp/~natsu86/からPDFファイルが手に入ります(印刷してお使いください)。弁天町のつぶつぶカフェさん(http://tubutubu-cafe.net/)でも署名ができます。仲間も募集中です!関心ある方は、mukunoki.enoki@gmail.comまでご連絡ください♪

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