エノキとこの地域、昔のこと

この地域に長いこと住むWさんが、大エノキのことや、地域のことを思い出して文章を寄せてくれました。ご紹介します♪

羽ペン


 戦前、このエノキの前は「確かサイカチの樹だったと思う、木の下でキャッチボールをして遊んだ」という夫の話です。「つるがのびて実がなっていた」とも(サイカチはマメ科の落葉高木)。
 私もここに住んで50数年になりますが、当時は団地(大エノキの向かいにある都営住宅)の前にはケヤキ、シイの並木があり、このエノキのことはあまり気になっていませんでした。ケヤキ、シイの樹は、若木のころは子供たちが木登りなどして遊びました。やがて大きくなってきてからは腐葉土にしたいからと、近隣のおじさんたちがリヤカー自転車で取りに来ていました。
 落ち葉かきはみんなで(うちの娘も)やりました。団地の方々がお世話してくださり、たき火、焼き芋大会と子供たちも楽しみでいっぱいでした。

 この地には昔、川があったといいます。大エノキの前にある家の石垣からは、かつては清水が出ていました。昔は、その石垣に沿って冷たい水がもっと出ていたと姑が話していたこともありました。この地域に水脈があると実感したのは、昭和45から50年ころだったと思います。大雨が降ると、山吹町、鶴巻町は水があふれ、外苑東通りは通行止めになりました。
 その後、神田川の治水工事が始まり、道路が舗装され、ビルが建っていった頃、市ヶ谷柳町にある宗円寺の池の水がすっかり引いて干上がってしまいました。「神田川の水域はこんなところまでのびているのかしら」とお寺の奥様が話していたのを覚えています。その後、干上がった池は埋め立ててしまいました。以前は、緑雲寺の前には川が流れていて、言い伝えでは、夜ごと小豆を洗っていたおばあさんの話もあるくらいです。

湧水


 また団地の立て替えの時は、水があふれて大変だったようです。その地上に育つ大エノキは地下水をいっぱい吸って、あれよあれよという間に大木になってきています。この先、周りがどんなに変わっていっても、枝をいっぱい張って緑いっぱいの、そして酸素をいっぱい与えてくれるこの木が永遠であることを願っています。
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むくのき・えのき

Author:むくのき・えのき
都心 新宿区の街なかに残されたエノキ(ムクエノキ)の巨樹を何とか残したいと地域住民で立ち上げた会、「巨樹の弁天町エノキを愛する会」の活動ブログです。署名をお考えの方は、http://www5e.biglobe.ne.jp/~natsu86/からPDFファイルが手に入ります(印刷してお使いください)。弁天町のつぶつぶカフェさん(http://tubutubu-cafe.net/)でも署名ができます。仲間も募集中です!関心ある方は、mukunoki.enoki@gmail.comまでご連絡ください♪

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